僻地に生きる歯科医
困った新人がやって来た
日、新人スタッフに辞めてもらった。新人といっても、年齢的には30代の後半である。私の診療所のスタッフの主軸は20代の前半であるので、新人といえども若いスタッフにとってはおねえさんに近い年齢かもしれない。

の彼女、勤務から3日目に突然「休暇がほしい」と言い出した。本当の理由は不明だが、親を病院に連れていきたいというのだ。でも、親を病院に送るだけで丸一日かかるはずもない。そこで、詳しく事情を聞くと「プライバシーの侵害だ!」と断られた。

の翌月には「友人の葬儀があるので2日、休暇をほしい」と言い出した。葬儀という日が友引だったので同じように詳しく事情を聞くと、やはり「プライバシーだ!」と言って亡くなった方の名前すら教えてもらえなかった。彼女の私へのものの言い方を聞いて、スタッフとの間もうまくいっていないのではないかと予想し、他のスタッフに事情を聞いてみると(普段はあまり不満を言わないおとなしい性格のスタッフも)矢継ぎ早に不満を言ってのけた。

て、人気サイト「All About」で困った新人と言う内容の特集記事で、最近の新人で困ったことを次のようにまとめている。
  1. あいさつがきちんとできない
  2. メモを取らず、同じ事を何度も聞く
  3. 敬語が使えない
  4. 雑用を率先してやろうとしない
  5. ホウレンソウ(報告・連絡・相談)ができない
  6. 同じ間違いを繰り返す
  7. 返事ができない
  8. 自分のミスを謝らない
  9. 「指示待ち」で自分から積極的に動こうとしない
  10. プライドが高く、知ったかぶり

はこのサイトを見て思わずうなってしまった。実はその新人への私の不満と古参(と言っても20代前半だが)スタッフの不満をあわせると、この10項目に集約されるのである。私は以前から「どんな人間でもそれなりに良いところがある」と思っていたが、さすがにこの10項目全てに該当するとは思ってはみなかった。

海道は深刻な不景気で就職もままならないということになっている。しかし、経営者からしてみると、深刻な人手不足なのである。以前は当地でスタッフを募集すれば1回に10人以上の応募があった。5〜6人の応募なら「今回は少ないですね」などと言っていた。ある歯科医院が新規開業する際には、100人以上の応募があったこともある。

ころがここ数年、せいぜい数人、年によっては学卒の求人を出してもゼロということがある。もちろん、職安に求人を出しても3人応募があったら多いほうだ。しかも、応募者の質は下がる一方だ。ひと昔前はほとんどが10代後半から20代前半が主流であったが、今は「30代後半の独身、歯科関係の経験なし、資格なし」というのが主流となった。しかも、その新しい主流の方々は、下手に面接馴れをしているのである。少々のウソや履歴書に虚偽を書くなどはお手のものだ。なんでも、都会には面接教室なるものがあって、服装、質問などへの応答の仕方、都合の悪いことのかわし方と「面接上許されるウソの上手なつき方」などを伝授してくれるそうだ。

のためか、実際にスタッフとして採用しても、試用期間なるものを設定しないと後でトラブルの原因となる。それに、年齢が5歳違うと最近ではすっかり価値観が違っている。昔は「十年一昔」などと言ったが、最近は、5年はおろか3年でも人材は一昔になってしまう。

らに困ったことに「基本的な常識がない30代」という人類?が出てきた。「はがき、郵便の値段を知らなかった」「書き損じたはがきは有料だが郵便局で交換してくれることを知らなかった」「宅配便は1社ではなく何社もあることを知らなかった」「自分の所のゴミの収集日を知らない」「ゴミの分別の仕方がわからない」「敬語が小学生レベル以下」「謙譲語を知らなかった」「ボールペンは芯のみ交換が出来ることを知らなかった」「ほとんど歯を磨かない、あまり風呂には入らない」「乾電池のサイズの呼び名を知らなかった」など枚挙に暇がない。こういった面については面接などでは知りえようもないが、しかし、実際に仕事場に配置したとき、普通の生活で当然知っていると思われることを知らない人だと診療などで確実に支障がでる。でも、こういったことは実際に雇ってみないとわからない。

も、こういった社会的な常識は知らなくても、詐欺ギリギリのテクニックなら以前と比べて格段に進歩している。私の知り合いの税理士事務所でスタッフの募集をしたところ、ちょっとした経歴詐欺のようなものがあった。税理士事務所では社労士という資格はけっこう重宝な資格らしい。何人もいらないそうだが、1人もいないと困ることが多いそうだ。スタッフを募集してみると経歴に「社会労務保険士」と書いてあった。そこで面接者は「これって社労士のことですよね」と聞くと、「あ!すみません。漢字を書き間違えてしまいました」と言ったそうだ。ところが採用してびっくり、社労士の資格は持っていなかった。この「社会労務保険士」という資格は、勤めていた前の会社が自分の会社内で勝手に作った資格だったようだ。前の会社で出した認定書のようなものもあるそうだ。しかも、よくよく履歴書を見ると「社会労務保険士」の社の字が「杜」になっていた。「漢字を書き間違えたのは“社を杜”と書き間違えたのであって、社労士と言った覚えはない」とは、本人の言である。求人のとき「社労士」募集ではなく「事務職員募集」だったので、この求人については、出るところに出ても経歴詐称として取り上げてもらえないそうだ。

こまでひどくないが、これに近いことは山ほどある。「この経営者は単に人を見る目がないだけ」と言われてしまうかもしれない。しかし、実際にその立場にならないとわからないとはいうものの、私は経営者同士ならわかってもらえるのではないかとほのかに思っていた。

日、私が懇意にしている料理店の女将が、珍しくすし店で酒を飲んでいた。そこの店もごたぶんに漏れず、スタッフの件でかなり苦労しているようだった。私は「それは、大変でしたね」と一言声をかけたら、その女将は「先生!『大変でしたね』なんて簡単に言わないでくださいよ。私たちの世界は先生の世界とは違うんですから…」と言う。どうやら、歯科の世界の芝生は青く見えるらしい。経営者はつくづく孤独であることを実感した。
<2008.5.7>

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