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ある日の朝早く警察から電話があった。だいたい警察から夜や朝に電話が来て楽しいことはまず期待できない。案の定、警察官は事務的に自分の名前を名乗り、「あなた(筆者)の友人の車が交通事故を起こして炎上した。しかし遺体の損傷が激しく本人確認ができない。幸いブリッジ2本が現場に落ちていた。そこで本人の鑑定をお願いしたい」とのことだった。 協力をする旨を伝えると、早速こちらへ刑事さんが来るという。そこで服を着て診療所を開け、刑事さんが来るのを待った。1時間後刑事さんが来た。
私は、今までにも何度かこうした鑑定の経験がある。しかし、意外なことであるがカルテのコピーの提出を求められたことはほとんどない。もっともこれは、警察関係者がカルテを見ても内容が全くわからないので、コピーしてもらっても役に立たないからという事情もある。以前、警察から「ある先生に提出してもらったカルテに書いてあることがわからないので教えてほしい」と依頼されたこともある。こういう経験もあったのでカルテを準備するときに、同時に彼の口腔内の様子がわかるようにコンピュータから口腔内の状況データをプリントアウトしておいた。 さて合掌をした後、ブリッジを手にとって観察した。これをお読みの先生方は、ご自身でお作りになった補綴物は見ただけでお分かりかと思う。本件の場合はなかなか難しいケースであったのだが、亡くなった人がこのブリッジを非常に気に入ってくれていたせいもあって、一目で「私の作だ!」と思った。しかも、コンピュータからプリントアウトした口腔内の状況とぴったり一致した。4〜5歯補綴のブリッジ2装置の歯式はカルテと相当な確率で合致しており、本人と思って良いと思う。さらに、一般的な欠損様式のブリッジであり、その上、特注した部分もあった。私が行なう支台形成の特長もよく出ていたので、これで間違い無しキマリと思った。刑事さんには、鑑定報告書と照会結果報告書の用紙を記入し提出した。 意外なことであるが、照会結果報告書は日本歯科医師会が作成したもので、これはどこの警察署にもおいてあるそうだ。年に1回程度は、この書き方についての講習会がある。この照会結果報告書の照会結果の欄は、○(一致する)、△(矛盾しない)、×(一致しない)、−(判定不能)の4つのカテゴリーで評価する。「矛盾しない」という評価は評価に迷う歯科医師の心理をついたよい表現と感心してしまった。(さすが日歯だ!〜注:時節柄、ホメ殺しではありません。単純にそう思っただけである。) そして結論を書き、書名捺印をして終了だ。押印は三文判でもOKである。それと報酬の振込先の用紙があるが、これは後でもよいことになっている。刑事さんはすこしホッとした様子で、歯式をプリントアウトしたものと所定の用紙を持って帰った。 それから数時間してまた警察から電話があった。今度はエックス線写真とマルモについての問い合わせであった。ここしばらく定期的に来院しているものの、エックス線写真はそれほど頻繁に撮ってはいなかった。マルモも保存期間を過ぎており、とうの昔に処分してしまった。さっき来た刑事さんは、私の説明で納得して帰ったのにと少しムッとした。事情を聞いてみると、ご遺体の損傷が激しくほとんど炭化状態で、指輪・携帯電話・腕時計などもほとんどダメで、性別すら判定ができなかったそうだ。さらに事故車は、本人名義の車ではなく、警察としてももっと確証がほしいとのことであった。カルテ保管庫を見ると、数年前に撮影した全顎のエックス線写真が出てきた。幸いなことにさっき刑事さんが持ってきたブリッジの形態が、熱でゆがむことなく咬頭の形態の特徴を残していた。しかも臼歯5歯分がしっかり1枚のフイルムの中に写っているものが出てきた。もうひとつのブリッジも、エックス線写真では途中で切れているものの、矛盾がないのできちんと説明できる。 夕方警察から再度連絡があった。司法解剖が終了したが、本人を特定するものはなかったという報告であった。刑事さんは「ご遺体の写真を撮って持ってくるので見てもらえないか?」と言う。でもよく話を聞くと、警察署にはマクロレンズがついたカメラや口腔内撮影用のミラーや、口腔撮影に欠かせないリングストロボの類は全くないようだ。当然接写リングもなければ、口腔内撮影に長けている捜査員もいないようだ。私は長年、写真をやっているのでわかるが、このような写真は全く役に立たないばかりか判断の際のノイズになることも少なくない。写真を見るなり私は、「写真での鑑定は無理です」と写真での鑑定についてはお断りした。刑事さんの話によると、歯は外れたブリッジのついていた1本だけであとはすべてないそうだ。しかも、下顎骨や上顎骨はほとんど原形を留めていないそうだ。 夜、再び警察の方がいらっしゃった。再度調べたら冠がもう2つでてきたそうで、もってきてくれたのである。ますます見覚えのある冠である。刑事さんがエックス線写真とブリッジを見ながら、咬頭やボンティック形態を細心の注意をはらってチェックしていた。 しばらくすると大きなため息とともに、「すいません、電話をかけさせてください」と言って待合室に消えて行った。私の友人はその日遅く、自宅に奥さんに付き添われて無言の帰宅をした。 |
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| <2008.2.6> |
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