僻地に生きる歯科医
たかが入れ歯されど入れ歯
学部での臨床系実習で一番最初に作るものは、総義歯と相場が決まっている。釣りの世界では「ヘラブナにはじまりヘラブナに終わる」というが、まさに「一番基本的であるが極めるのがむずかしい」からであろう。

て、患者さまが当院で初めて入れ歯を作りにいらっしゃった時、私はまず旧義歯を手に取り拝見する。そして口の中に手を入れて、顎の状態を手で確認する。そして次に現在使っている入れ歯を装着してもらい、具合を確かめる。たまに真新しい入れ歯を入れている方がいらっしゃる。聞けば「よその歯科で作ったばかりだが合わない」そうだ。そこでよくよく聞いてみると、「入れた日にカツ丼が食べられなかった」「なんとなくしっくりこない」など、調整を全くしないでいきなり食事をしているのである。また手入れの方法や義歯での食生活の指導を受けたことなど、すっかり忘れている方も多い。私は必ず患者さまに印刷物を使って説明しているのだが、こうした患者さまに出会うと果たしてどれだけ患者さまが理解しているか心配になってしまう。

者さまの中には、よその歯科医院の悪口を延々と話す方がいらっしゃる。同業者の悪口を聞いてうれしがる先生もいらっしゃるが、私は苦痛である。苦痛といえば、最近は患者さまの要望がエスカレートして苦痛である。「月に1回しか来れない」、「レントゲン写真は撮らないでほしい」、「雨が降ったら来れない」、「手術はしたくない」など、常識では考えにくい要望がけっこう多い。そのくせ、結果は最高を期待する。健康保険という制約の中で、患者さまに最高の結果を出そうとこちらがいくら努力しても、患者さまがそれに応じてくれないなら十分な結果はだせないものである。ところが、合わなかった義歯により顎の骨がすっかり衰えてしまっている方でも、「とにかく咬めれば良いですよ。決して贅沢なことは希望しません」などと平気でおっしゃる方も少なくない。

れらの中で私にとって一番困るのは、作成期間を指定される場合である。このような場合、ほとんどの患者さまは、調整をする時間を考えに入れていないので困る。

し前だが近所に、「月曜日に初診で土曜日には入れ歯が完成!」というキャッチフレーズで患者さまを集めている歯科医院が出来た。その歯科医院で何度も義歯を作っているならそうした短期間での作成もありえるが、全く初めてで1週間で義歯を作成するのは困難だ。そのせいか私の診療所には、その先生の作った入れ歯を持った患者さまが続々とやってきた。ひどい時には年間100床以上の入れ歯を持ち込まれたことがあった。ところが北海道では治療終了後六ヶ月以内はいかなる理由があっても健康保険では義歯の再作成ができないという決まりになっている。それを説明してもなかなかわかってもらえない。なかでも一番わかってもらえないのが義歯の作成期間である。なにせ前の歯科医師が1週間もかからないで作ったので、私も1週間で出来ると思っている。入れ歯は基本的に作成工程は共通である。だから工程をカットして時間の節約をするわけにはいかない。結局「手抜き」という形で収拾をつける場合もでてくる。そのせいか私のところにやってくる患者さまの入れ歯は、ほとんどが微妙にゆがんでいる。そのため調整には相当な時間がかかってしまうのだ。

もこうして精魂?傾けてできた入れ歯でも、患者さまの中には異常に低い評価をする方がいらっしゃる。ほとんどの方が、入れ歯は既製品と思っているようだ。オーダーメードということを説明しても分かってもらえないこともある。それどころか「既製品の安いヤツでいいよ」なんていう人もいる。入れ歯を入れて調整し注意点を説明しても、「はい!はい!」と言っているが、どれだけ理解してくれているのかわからない。私の診療所ではパンフを作ってその都度説明に使っている。ところがそっくりそのまま待合室のゴミ箱に捨てて帰ることが、一回や二回ではなかった。

れをウチのスタッフが回収するのであるが、作ったスタッフの落胆する顔が目に浮かんでしまう。こんな体験をしていたのでは、スタッフと患者さまがよい人間関係を結ぶのは非常に難しいと思うのであるが・・・。
<2006.9.6>

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