僻地に生きる歯科医
医療費の踏み倒しはなぜ詐欺にならないのか?
近「医療費を支払えない」という患者さまが増えてきた。色々な原因があるが、やはり健康保険制度の改悪がそもそもの根源であることに、異論はないだろう。また世の中の景気が良くないということも、大きく関与している部分もあるだろう。

ころがこうした中、「医療費を支払えない」という患者さまより自ら「医療費を支払わない」という患者さまが急増している。先日私の診療所で、他町村よりいらっしゃった方が「給料が入ったら支払う」と言って補綴治療を受けた。ところが義歯を入れる日に、「今日は偶然持ち合わせがないが、それでも入れ歯を入れてくれるか?」という確認?の電話が入った。仕方がないのでその日の夜、その方に義歯を入れた。私は「少しでも入金できないか?」と聞いたが、「残念ながらサイフを忘れたので持ち合わせが1円もない。次回必ず払います。」と言うので、仕方なく次回の予約をとった。その後どうなったかはみなさんの想像通りで、何回督促してもナシの礫(つぶて)であった。

近は「電話番号通知サービス」という、詐欺まがいを繰り返している人にとってはありがたいシステムができたので、電話をかけてもまず出ない。別の電話でかけてみても、都合よく「いまちょっと外出にでかけています」ということでラチがあかない。そしてその後は、何回かけても決して誰も電話に出ない。実は同じ手口でこの方の親も、義歯を入れたままドロンしている。さらにこの方の子供さんが休日に急患として来院され、「急患で急いできたからサイフを忘れた」と、次回の予約をとったのに、皆さんの想像通りそれっきりになってしまった。

の経験したこのようなケースは、立派に詐欺にあたると思うのだが、どうであろうか。保険者に相談してもほとんど相手にされない。健康保険の疑義解釈等では、よく「医学的には妥当であるが、なぜか保険ではダメ!」というケースがある。このような時に保険者は、「医学的な矛盾はわかりますが、健康保険は契約ですから」という殺し文句を理由に、医学的な合理性を否定することがある。しかし私は契約だからこそ、このようなケースは詐欺にあたり、このような場合は保険者としてもしかるべき対策をしなければならないのではないか?と尋ねたことがあった。回答は、「医療の特殊性を考慮すると、一概には詐欺と言いがたい。」という矛盾したお言葉を頂戴してしまった。

のような場合、これをご覧の先生方は、どのような対策をおとりになるだろうか?ハッキリ言ってこれといった妙案はない。督促の郵便を出してすぐに支払ってもらった例は、この10年間で1例しかない。督促状を出す中には、高齢者で2割負担の方も少なくない。

ころがこの督促状を出すには、ある決意が必要である。滞納者が多い職業の代表格が酒屋であるが、ある酒屋の若旦那が「一度督促を出すと、途中で止めることはできない。もし途中でやめるとこちらが許してくれたと勘違いするから。」と言っていた。私も最初はあまり気にしないで督促状を出したところ、47通にもなり驚いた。しかも現在まで出し続けている方が何人もいらっしゃる。

納の方の中には支払いにおいでになる方もいるが、その支払い方がおもしろい。皆さんは普通借りたお金は「本人が直接、持参して支払う」とお思いかと思う。ところがこのような返し方は、この10年間で督促状を出した患者さまのうちたった数人であった。そして返し方は人様々である。一番多いのは現金書留で送ってくる方法である。ほとんどが現金のみで、手紙が入っていても「領収書をください。」が関の山で、詫び状が入っていたケースは1件もなかった。また若い患者さまの場合は、親が支払うケースがある。未成年ならいざしらず、30歳近くなっても親が尻拭いをするのはご苦労なことである。ところが親が支払う場合は、少し請求金額より少ないキリの良い金額を送ってくる。マレだが、その息子が「お釣りをくれ」と来院したこともあった。

払ってくれた中に、嫌がらせとしか思えないケースもあった。滞納相当分の10円切手で送ってきたのである。また、郵便が届いた日に失効する郵便為替で送ってきたモサもいた。(六ヶ月間どうゆう気持ちで郵便為替をキープしていたのかを考えると、薄ら寒いものを感じてしまう。)

り合いの弁護士に、「医療費の踏み倒しはなぜ詐欺にならないのか?」と質問したことがある。非常に難しい判断だそうだが、結局は「前例が少ない」のが大きな原因だそうだ。「前例が少ない」ということは、その先生に言わせると、我々医療機関の取り組みにも問題があるそうだ。でもあまり表に出ない原因として、税法上の問題がある。一般に貸し倒れ金は、経費の一部とみなされ税金の控除の対象になる。それに対して健康保険の場合はなぜか経費とみなされるどころか収入とみなされ、課税の対象となってしまう。つまり下手に申告すると逆に課税されるのである。踏み倒された上に税金までかけられたら誰が申告するだろうか?保険者に言わせると、なんでも健康保険では滞納者というものは想定していないからだそうだ。保険者が国民を信用することは立派であるが、矛盾点を医療機関に振るのでは、振られたこちらがたまらない。
<2005.12.16>

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