先日、中学生の生徒が勤労学習体験に来るというのでそれなりの準備をした。インタビューがあるとのことで、事前に質問する事項をファックスで頂いた。その中に「この職業にどのような誇りを持っていますか?」という項目があった。私は日ごろから思っているが、女性から見て男性の職業感は「どの地位にいるか?」とか「収入がどうか?(もっともこれに固執する女性もいないわけではないが・・・)」よりも「仕事のやりがい」とか「誇り」の方にウエイトが重い感じがする。そういうわけだから娘や女房に「だれのおかげで生きていけるのか?」とか「俺はお前たちのために一生懸命がんばっているんだ。」という言葉はあまりウケないような気がする。
最近、自分の生き方に誇りを持てないという人が増えてきた。しかし本当に仕事に誇りが持てないような時代になったのだろうか?先日、偶然にも高校時代、同じ下宿にいた友人と何十年ぶりかで出会った。そしてしばらく雑談するうちに高校時代の話になった。彼はある高校の野球部でもちろん甲子園にも出場した。ところがひょんなことから1回戦で逆転負けをしてしまった。彼の高校が甲子園で負けた翌日、その高校の脇のグラウンドを通ってびっくりした。なんともう北海道に戻ってきて来年に向けて練習をしているのである。これには正直いってびっくりしたと同時に、「さすが甲子園にでる野球部は他の部と一味も二味も違うな」と思い、私の友人がひときわ大きく見えた。このことを彼に話すと「へ〜!これが当たり前だと思っていたんだ。君が俺のことをたいしたものだと思っていたなんて、初めて知った。ところでな、君の学校の生徒さんは君もそして君の先輩も、みんな試験が終わった日でも勉強をしていたな。それと大学受験から帰ってきた日でも、夜遅くまで勉強していたな。俺はその時、つくづくさすが受験校は根性が違うなと思った。」と言った。私の学校ではこれがごくごく当たり前だった。試験の日でも、寮では2時間の義務自習があった。
彼はさらに「君にとって大学受験が俺たちの甲子園のようなものだな。俺はこの年になって苦しいことがあったら、甲子園の練習のことを思い出すことにしているんだ。きっと君も困った時には受験勉強のことを思いだすんだろう?」まさにこの言葉は目からウロコが落ちるような言葉であった。
みんな一生懸命に仕事をしている。しかしその誇りがだんだんと見えなくなっているのが淋しい。このことをなんとか自分の子供や若い世代に伝えていくことが、ひょっとしてわれわれオジサンたちの宿題かもしれない。持つべきものは友人である。
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