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もともと好き嫌いというものがあまりなく、年を経ても食べ物の好み自体はあまり変わらないのですが、30歳代の終わり頃から、食べられる量が全体にがく〜んと減った気がします。40歳代になってからは、大好きなお酒も日付が変わる頃まで飲んでしまうと、翌日への影響はてきめん。二日酔いならまだしも、目が覚めても何となくふわ〜んと良い気持ちで、ふらふらご機嫌さまで仕事に向かうはめになることも…。こうなるとダメ社会人の見本みたいなもので、いやはやまったく汗顔の至りです。
さて、食べられなくなったなぁ、としみじみ感じるようになった食べ物の代表格は“焼き肉”。以前はどんなにお腹がいっぱいでも、通りがかりの店先からあの甘じょっぱいような匂いが流れてくると、パブロフの犬よろしく、よだれが口いっぱいに溢れたものですが、最近はわりと涼しい顔で通り過ぎることができるようになりました。もちろん焼き肉が好きなのは今も変わらずですが、お肉は霜降りよりは、断然赤身派に転向。20歳代のお金のあまりない時分には、「いつか霜降り肉を自腹で腹一杯!ファイト一発!」と夢見たものなのに、いざ多少の小金に不自由をしないようになってみたら、体が受け付けてくれない! これを人生の無常と言わずしてなんと言いましょう。
ところで世の多くの女性には、デザート用の別腹というものが存在するようですが、私にその別腹は存在しません。甘いものはほんのちょっぴりで充分。決して嫌いというわけではないのですが、どちらかといえばデザートは、味よりも香りが好き。これは珈琲やパンにも共通していて、あの芳しい匂いたちには、体中が弛緩するような魅力を感じるのですが、いざ口に入れると胃袋の容量がシュッと狭くなってしまいます。その一方で、ひとたび口にすると、それをきっかけに無限大に胃袋が広がってしまうような気がするのがお寿司。そしてそんな気がするだけでなく、こいつに限っては今でも、往時の焼き肉の如く、悪魔にそそのかされたかのように、喉元が塞がるまでぐいぐいと詰め込んでしまいます。
軽く昆布締めにして、うっすらと透明がかった身に塩をパラッ、すだちをキュッとしぼったカレイに、ぽ〜ってりと甘いホタテ。さくさくと歯切れのよい生トリ貝に、しっとりとした脂が舌に優しく寄り添う酢じめのこはだ。日本酒をくいっとひとくちあおって、お次は口の中で柔らかくほどけるような煮あなごに、表面をサッとあぶって煮きりをひとはけした中トロ。そして濃厚な肝をちょんとのせて味わうカワハギのうまさときたら。もう、もう、もう〜〜! ちょっとお兄さんっ、ネタケースの端から端まで全部握ってちょうだいっ! てなものです。
もちろん、いくら魚介とはいえ、食べ過ぎれば身の毒。お寿司を心ゆくまで堪能した日は、本腹も別腹もぱつんぱつんで、上を向いて眠ることさえできないありさまなのですが、時にはこんなふうに身も心もどっぷりと委ねられるような食べ物がなくなってしまったら、私にとってはまさに生きる甲斐なし。
あの世に召される直前までお寿司をほお張り、最後にお茶をすすってお寿司も人生も「あがり!」となれば、言うことありませんな。
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