味彩通信
Vol.72-2007.8・9
食で振り返る日本の50年

 何を食べているかでその人が分かる、などといいますが、日本の食はこの70年か80年くらいの間に、信じられないくらい変化しました。わずか2代前の祖父母たちと比べても、同じ日本人とは思えないくらい、いろんなものを食べている現代の生活。DNAまで変わってしまいそうです。

上の2冊は昭和39年に出版された「料理ブック」(主婦の友社刊)。「肉と卵」編では、ビーフストロガノフや、ミートローフ、「野菜と魚」編ではひらめのパピヨットや、たらのグラタン、さばのプロバンス風など、当時の洋食への関心の高さをうかがわせるメニューが並びます。どちらも翌40年には45版を発行しているのですから、これまたスゴイ!一番上に乗っている1冊は今年発行された「夢いっぱい!昭和の食卓レシピ」(主婦の友刊)。右のページには32年の雛祭りのごちそう、左のページには42年の子どもパーティーの記事が、当時の雑誌から掲載されています。そういえば私もこんなスカートをはいてました。
 かくいう私は昭和40年生まれで、東京オリンピックも知らず、折しも日本の高度成長期とリンクしているので、比較的小さい頃から、今とあまり変わらない食生活を送ってきているように思っていたのですが…。最近、“食の50年を振り返る”というコンセプトで、一冊の本をつくることになり、年表などを開いてみると、「えっ、これってこの頃まで食べてなかったんだっけ?」という食材・食品にたくさん出合い、「私って結構年寄りだったのね」と、いささかがっかりしているところ。

 なにしろオロナミンCが発売されたのは私が生まれた年ですし、冷蔵庫の普及率がやっと50%を超えたのもこの年。ケンタッキーが初登場したのは45年、カップヌードルは46年、明治乳業のブルガリアヨーグルトは48年、サーティーワンアイスクリームは49年といった具合。ちなみにボンカレーは48年、ほっかほっか亭の登場は51年、永谷園の麻婆春雨は57年、六甲の水をはしりに、おいしい水がブームになったのは62年で、昭和も終わりに近くなってからです。よくよく考えてみれば、加工食品だけでなく、たとえばチンゲン菜やズッキーニ、各種ハーブ、パプリカなどの輸入食材もありませんでした。油といえばサラダ油かごま油がせいぜいで、オリーブオイルが家庭に常備されるようになったのも最近のこと。
 そういえば食の流行もずいぶん変化がありました。昭和30年代には伝統的な日本のおかずが主流だったものが、40年代にはハンバーグやカレー、スパゲティなど洋食への憧れが開花し、50年代にはインスタント食品や、新素材が続々登場、60年代にはイタリアンやエスニックがブームに。バブルの崩壊後、平成10年代にはスローフードがキーワードになりました。豊かさと引き換えに失ってしまった、本来あるべき食の姿が見直されようとしているのはご存じの通り。

 先日、昭和元年生まれ、御年82歳の料理研究家・城戸崎愛先生に取材をさせていただいたのですが、現代のおかしな食のあり方の責任の一端は、実は自分たちの世代にあるのかもしれない、とおっしゃっていたのが印象的でした。
「私たちの世代が家庭を持つ頃に敗戦があり、モノがない時代の反動で、きっと豊かさに浮かれていたのね。そのつけが結果として、精神のバランスを欠いたり、アレルギーを発症したりと、今の子どもたちに回ってるのかもしれないわ」と、しみじみ語っておられました。

 今後、日本の食が、これからどんな変化を遂げていくのかは分かりません。ただ50年後に、あらためて振り返ったとき、本当の豊かさが日本の食に根付いているかどうかは、私たちに責任があるのだと自らを戒めているところです。
佐伯明子

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