味彩通信
Vol.58-2006.4
魔法の粉

 「粒々感のない、どろんどろんになったタラコをね、た〜っぷりの添加物にどぼんと浸けておくの。そうするとあらあら不思議、たった一晩で透き通った赤ちゃんの唇みたいなぷりっぷりのタラコになっちゃうんだよねぇ。それから、なんでカット野菜が長持ちするか知ってる? あれはねぇ、次亜塩素酸ソーダっていう殺菌剤のプールにじゃぼじゃぼって何度もくぐらせて消毒しているからなんだよね」。

 次々と披露されるいろんな添加物の話。教えてくれたのは、最近話題になっている「食品の裏側」という本の著者・安部司さん。こうしたお話しを伺う機会を得たのは、一昨年、取材先のお店のご主人にたまたま紹介されてのことでした。理論整然かつユーモラスな話し方、とびっきりのハンサムというわけではないけれど(失礼!)、どこか人を惹きつけずにはおれない笑顔、いたずらっ子のようなちょっとやんちゃなまなざし。これがお目にかかったときの印象。

 かつて安部さんは添加物商社のトップセールスマン。
 “歩く添加物辞典”、“食品添加物の神様”の異名をとるほどのエキスパートだったといいます。

 そんな安部さんに転機が訪れたのは、可愛い娘の3歳の誕生日のこと。普段は仕事で遅い安部さんも、この日は仕事を早く切り上げて家族でお祝いとなりました。にぎやかな席にならんだ数々のごちそう。ふと目に止まったのがミートボールがのった皿でした。ひと口食べた安部さんは愕然。それはほかならぬ安部さんが開発したミートボールだったのです。牛の骨から削り取る肉ともいえないような端肉に、添加物を30種類ほど加え、子どもが好む味とソフトな食感を作り出したミートボール。それまで安部さんは、本来なら使い道がなく廃棄されるようなものが食品として活き、それを安く消費者に提供できる「魔法の粉」を自在に操れることを、誇りに思っていたとか。しかしこの日、自分の子ども達が嬉々としてそれを口に入れようとするのを目の当たりにして、自分が作ったものは、わが子には食べさせたくないものであったことに気づき、これまでの仕事はなにか間違っていると感じたと言います。一晩悩み、翌日、会社に辞表を提出。

 以来、安部さんは加工の現場の生き証人として、添加物の現状を多くの人に伝えたいと、さまざまな講演や活動を行い、一方で水産会社で自然海塩製造の研究部長を務め、無添加辛子明太子の製造法の開発を手がけたりしています。

 この本では、私が伺った以外にも、さまざまな添加物の現状が紹介されています。詳しいことについては、実際に本をご覧いただければと思いますが、読み進むにつれてきっと背中がぞわぞわしてくるはず。でも消費者は完全に被害者かといえば、必ずしもそうではないと安部さん。消費者が安くて便利なものを求めるからこそ、作り手はそれに応じるしかないという現実もあるのです。だからなぜ安いのか、なぜこんなに便利にできているのか、私たちはその理由を考えてみるべき。そういえばかつて取材した完全無添加ハムを作っているお店のご主人は、こんなことをおっしゃってましたっけ。

 「どうしておたくの製品はほかのところのより高いの、と言われることもありますが、たとえば生肉で100g300円するものが、ソーセージになると400gで298円で売られている。どうです、おかしいでしょう、と言うとみなさん、なるほどと納得されるんですね」。

 食品において「魔法」というのは、ありえない幻想なのだと思います。

佐伯明子

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