味彩通信
Vol.44-2004.11
移動図書館

 今年のあの暑かった夏がウソのように、すとんと突然やってきた秋。
 秋といえば、「食欲の〜」「スポーツの〜」といろいろな枕言葉がつきますが、「読書の秋」もそのひとつ。普段から本を読むことは大好きですが、静かな秋の読書はまた格別です。

 テレビやビデオと違って、本はどんな場所でも読むことができますが、私の場合、意外と集中できないのが自分の部屋。自宅を仕事場にしているので、日中は電話がかかってきたり、FAXや荷物が届いたりとせわしい上に、夜は夜で部屋が散らかっているのにふと気が付いて、急に掃除を始めてしまったりとなんだか落ち着かないのです。

 そんな私が、もっともくつろいで本を広げられるのが、実は電車の中。乗り物の中ならなんでもいいというわけではなくて、車では文字を追っているうちに酔ってしまうし、飛行機では旅先への思いで気がはやり、どうも具合が悪い。というわけで、なんといっても電車が一番。特にこの季節は、窓から差し込む穏やかな日射し、電車のごとんごとんというかすかな振動、あたりをはばかったような周りの人の小さな話し声が心地よいBGMとなって、なぜだかとても集中できてしまう。さながら“移動図書館”といったところでしょうか。

 穏やかな秋の日には、さりげなく、しかも味わい深いエッセイを読みたくなります。先日は、新進のエッセイスト・石田千さんの「月と菓子パン」(晶文社)という本を読みました。これがまた久々の大当たり。

 石田さんは、作家の嵐山光三郎さんの助手を務めながら、自身も作家活動をしている30歳代半ばの女性なのですが、この年代の女性らしからぬ、なかなかの渋好み。下町に暮らし、銭湯では常連のおばさんたちを“はだかの先生”と慕い、一人で入った古い居酒屋で“縁起のいいくちあけさん”と呼ばれて嬉しがる、といった具合。どれも日々のさもないことなのに、この人の手にかかると、この世の中はなんとユーモアと良きものに満ちあふれているのだろう、と思わずにいられない。中でも、随所に出てくる食べ物についてのくだりは、まさに垂涎ものです。それはライスカレーであったり、さつまいもを煮たのやコロッケ、枝豆であったりと、いわゆるグルメ路線からはおよそかけ離れているのですが、それらのなんとなんと旨そうで幸福そうなこと。例えば…。

 「おでんを食べようと誘ったり、関東と関西の違いを熱心に語るとき、男のひとは、うちのおふくろはね、といっているような、無防備な目になる。/ちくわの穴をのぞいたり、からしに鼻をつまんだりしながら、熱燗でゆらゆらするおでん好きは、小太りの、のんきなひとが多い」。

 ね、おでん食べたくなるでしょう?「食欲の秋」派にもおすすめの一冊です。

佐伯明子

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