味彩通信
Vol.43-2004.10
イクラと新潟

 9月の声を聞いたとたん、魚屋の店頭に生のイクラが並んだ。
 今年はサンマも鮭も早々とお店デビューした。やはり今夏の異常な暑さと関係があるのかもしれない。さっそく醤油漬けにした。息子の大好物である。(あ、そうそう!夫も大好物でした。近頃、優先順位が逆転しました。)

 イクラの醤油漬け、日本海側の各地や北海道、三陸沿岸地方ではポピュラーな食べ方であるが、岩手の内陸のわがふるさとでは、一般家庭の調理法ではなさそうである。
 鮭の生ハラコ(卵)を、塩を加えたぬるま湯に入れてほぐし、薄皮やよごれを取る。
 ザルにあげて水気をきり準備しておいたタレにつける、それだけの調理法であるが2日も冷蔵庫で保存すれば極上おかずのできあがり!!となる。ご飯にかけてよし、大根おろしと混ぜてよし、手巻き寿司にしてよし。色よく漬けるには塩と日本酒で漬ける方法もあるが子供のおかずには、ちょっと茶色がかった醤油漬けのほうが好評である。実はこの醤油漬けは次のようなエピソードを持っている。

 二十数年前、新潟に友人を訪ねたことがあった。当時ご主人の転勤で幼い子供二人と一家四人の社宅暮らしのところへ一泊させていただいた。その夜、ご主人と子供たちは早々と寝てしまい、彼女と私はおいしいお酒と肴でかなり楽しくもりあがった。

 翌日、晴れ渡った日本海に浮かぶ佐渡を見ながら砂丘を散策していた時のこと、スーツ姿の若い男性がわれわれに近づいてきた。「どちらからいらっしゃいましたか?」「おふたりだけですか?これからどちらへ・・・・」等々聞くのである。

 その容姿や話し方からして、いわゆる「ナンパ」でないことは確かであった。
 彼は「このあたりは女性にとってはとても危険ですので、長居はしないようにできるだけ早く帰ってください」と言う。その当時は「ちょっと変な人」程度の印象であったが、今にして思えば「拉致問題の公安関係」であろうと推測できる。私達の年齢が拉致被害者の方々と近いこともあって、今になって「こわい」思いがする。さて、そんなことのあった数ヵ月後その友人から瓶詰めの「醤油漬けイクラ」が送られてきた。

 あの夜、酒肴に出て、おいしさのあまり褒めちぎった「イクラ」がレシピとともにとどけられたのである。新潟のお話、生「イクラ」が店頭に並ぶと思い出す。

及川喜久子

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